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NHK ETV特集『空蝉(うつせみ)の家 ひきこもりの死・家族の記憶』

昨日(2021年12月18日)放送されたドキュメンタリー。
たまたま見始めたのが、弟が、兄伸一さんの遺体の場所を語りはじめるシーンから。
状況は最近テレビでよく見るゴミ屋敷風の室内。両親の遺影が出てきて、家のそこここに残された父親の日記や兄のとおぼしきメモなどをたよりに家庭の歴史を振り返っている。
最後の方のシーンに、市役所の福祉関係の職員と庭先で話す生前の伸一さんの真面目そうなやり取りが出てくるので、このドキュメンタリーがかなり以前から(たまたまだろうが)始まっていたのが分かる。
主に、父の日記には、たぶん数十年前、「明るい家庭を創る」と目標が書かれている。そして番組としては、その目標とちがった家庭のあり様を描き出している。
日記をもとに話はすすんでいくので、伸一さんの描写や、それに対する父親の苦悩が番組の太い流れとなっている。
そこから浮かびあがってくるのが、「父源病」という言葉だ。かつて「母源病」という言葉が流布して、しかしやがて使われなくなってしまったことがあったが、この番組が意図したのは、父の存在が伸一さんの生涯を「ゆがめて」しまった、というテーマがじんわりと浮かびあがってくる。
と、ここまでが、この番組を見た印象の忠実な記述だが、いろいろ思い返すと、オヤ?、違うのではないの、という引っ掛かりだ。
伸一さんは、最後まで英語を勉強していた様子があって、わかりやすい字で、英語の慣用句を羅列している。また弟さんの証言のなかで「近くの米軍基地のアメリカ人」が多くいる街中で、アメリカ人との交流を楽しんだかもしれない、というのもある。
また、タクシー運転手をしている弟さんは、運転中、自宅付近で、伸一さんをしばしば見かけていて、伸一さんも弟さんに視線を返している。
それは番組中、1パーセントにも満たない時間の中で処理された伸一さんにまつわる情報だ。
この番組は、「父源病」を浮かび上がらせるかもしれない、という意味で重要で意味があると思うが、一方で、困難な状況のなかで、自分なりに矜持をたもって明るい光もみながら生き抜いた伸一さんのことも忘れたくないと思うし、機会があれば掘り起こしてもらいたいものだ。
番組の最後で、伸一さんが助けを求めていた、と振り返るシーンがあって、弟さんと、いとこの方が、「生き抜いた」といった意味の結論づけをしていたのは印象的だ。
最後にもうひとつ付け加えれば、伸一さんと接したことのある人々の印象は、番組のトーンの重さとは異なって、軽さを感じさせることだ。これは、実際に番組後半になって登場する56歳の髭だらけの伸一さんが与える印象とも一致する。
そういう意味でいうと、伸一さんの存在そのものが、番組の重い底流を押し上げて、おれはそんなものではないよ、と言っているかに思えた。
再放送の機会があるので、見逃した最初の部分をぜひ見てみたいと思う。

(h.s)

©hiroshi sano


公開 2021年12月18日放送

評価
4/5

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