e-POWER

ノートe-POWERの正解と誤解 ①

e-POWERに乗り出してかれこれ2年半になる。そろそろはじめに感じた印象も確信になってきた部分もあるので、書いてもいいのではないか、と思うようになった。
乗っているのは、正確には2019年式ノートe-POWERメダリストである。なぜ、メダリストか、という点は、おいおい触れることがあるとして、まずは基本のe-POWERについて書いてみよう。
ところで、基本的な性能については、日産のサイトのノートe-POWERのページから、オーナーのコーナーへいくと、短めの動画で、いくつもの項目が分かりやすく解説されているので、まずそれを見るのをオススメする。さらに、現在発売中のノートe-POWERは、私が乗っているのよりも新しいバージョンだが、基本的な構造や性能はそれほど変わらないと思うので、これから書くことは十分に妥当性があると思う。
では、ノートe-POWERとは何か。これまで、ハイブリッドの範疇で説明されてきたので、おおきな誤解があったと思うが、最近の日産のCMでやっと強調されてきたように、基本的に電気自動車つまりEVである。
動力構造は旧型リーフを借用しているらしい。
ただし、この車にガソリンエンジンも載っているのは、高価なリチウムイオン電池を省く代わりに、電力供給源として発電用にエンジンを載せているのである。
この方式は、前世紀のかなり前から知られている方式だったので、まったく新しみがなくて、発売当時、先端的な印象のハイブリッドという言葉を便宜的に冠してきたのだと思う。
その呪縛がやっと解けて、最新のCMでは電気を強調するようになった。
ところで、あとで徐々に説明することになるが、この発電機を載せた、一見非合理的な方式は、現在の様々な状況下では、まったく合理的な方式で、たとえば、車載エアコンを使わない季節だと、私の乗っているノートは、ガソリン満タンで、950キロ走ると想定されているのである。
現在発売されているEVでこれほどの性能に匹敵する車は寡聞にして知らない。
充電には最低30分かかるし、満充電してもせいぜい4、5百キロはしれば恩の字であるのが、高額なEVのほとんどだ。
リチウムイオン電池が安価なら、こうしたことにはならないし、さらに日産にとっては、発電用エンジンの製造原価などしれている、という経済合理性も加味されて、安価なEVとしてノートe-POWERが登場した、とも考えられる。
それは、私にとって覚醒に似た経験をもたらしてくれることになったし、同じような経験をした多くの人を生み出したと思う。
〔モーターと安全性能〕
最近の出来事だが、街中で車を止めて家人を待っていた運転者が、注意をそらしたスキに車が動き出したので、あわててブレーキのつもりでアクセルを踏んで、そのまま高速でコンビニに突っ込んだ事故があった。幸いけが人はなく建物の大破で終わったが、似たような事故はそれ以前にもあったし、これからも起きるだろう。
ここで、EVの動力であるモーターについて書いてみたいのだが、わざわざこんなことを書くのも誤解を解きたいからである。
ご存じのように、モーターの構造は、強力な磁石とコイルを巻いた金属からなっている。普段は金属が磁石に引き付けられて動かしづらい状態にあるが、コイルに電流をながすと、反発する磁場が発生して、金属が磁石からずれる。そのズレを一定方向に導けば、永続的に動く力が生まれる。この原理を利用して、磁石を水平にどこまでも配置して、かつレールを敷けば、リニアモーターカーを走らせることが出来る。
一方、磁石と金属を円筒に収めたのが、普段見かけるモーターで、電気をながして回転力を得る構造になっているが、ここにはもう一つの大切な原理が隠れている。電気を切ると、回転しないだけではなく、磁石と金属が引き合っているので、回転をとめる力が磁石の強さに応じて強く働く。
ここまで書けば、察しの良い方は気づかれると思うが、電気モーターは電気を切れば原理的に止まる。抵抗力もあるので、止まったままでいることもできる。
ノートe-POWERの場合、アクセルを離すと、急速に減速する。信号の手前で、その減速力だけをつかって止まることが出来る。そのまま停止している。(現実には、私は念のためにブレーキを踏んで、停止の状態を補強するが、のちのち書くことになると思うが、日産はここで妙な細工をしてしまった)
この章の冒頭にふれた暴走事故は、車が自然に動き出したことで起きてしまった。
多分ガソリンエンジン車だった(車のシルエットから推察して)と思うが、多くの内燃エンジン車は、エンジンを切らないかぎり、回転がつづくようになっている。
車の事故を減らす第一の要件は、すぐ動き、すぐ止まることだと思う。EVは、原理的にはこの要件を満たしていて、ガソリンエンジン車よりも、安全な車になる可能性が大きいのに、今のところそこは強調されていない。
〔ガソリンエンジンへの百年の情熱〕
ガソリンエンジンへの情熱が強すぎて呪縛となっている。そのことにも触れないと、EVの正当性がよく見えてこない気がしているので、触れてみたい。
ガソリンは揮発性が強く、扱いかたによっては危険な液体でもある。これをシリンダー内で爆発させて動力を得るのがガソリンエンジンの原理だ。
内燃機関の着想は百年どころか、二百年以上もさかのぼることが出来て、さまざまな発明家がいろいろな発想のエンジンを開発している。
爆発は燃焼ガスの膨張と言い換えてもよいが、毎回その爆発を一定に保つのは苦労がいる。また、その爆発力を人間が必要な力に変換するのも大変だ。
要するに、現在にいたるガソリンエンジンの歴史は、爆発という暴力的な現象を、必要な時に必要な分だけ滑らかな動力に変換しようとしてきた歴史だと言える。
基本的には、注入するガソリンの量によって、回転数や回転力を変化させている。しかし、気筒をふやすことで、滑らかで強力な回転力を得る工夫もあって、6気筒とか、8気筒のエンジンがもてはやされたのもつい最近のことだ。
さらに、高速の回転を引き出すために、ギアをいろいろ組みあわせることで、速度に挑戦してきた。
これらの仕組みをいかにより効率のよいものにするか、しのぎを削りあってきたのが、世界中の自動車会社の歴史だったと言える。
ところが、歴史は一変した!気筒の工夫もいらなくなった。複雑なギアもいらなくなった。
一方で、これまで世界中でコツコツと技術を積み重ねてきた歴史がある。それがF1レースや、ルマンの耐久レースに代表されるスポーツに人間を引き付けてきた。
自動車に乗る喜びは、もともとは制御がむずかしいガソリンの爆発という動力源を、複雑な機械によって人間が制御しながら、動き回る、という喜びだ。
毎年「新型モデル」が発表されると、さまざまな人が、いろいろ喜びを見つけて、情熱をかけて語ってきたし、今も語っている。
自動車好きには嫌われるかもしれないが、現実的には、たいして性能もあがっていないし、気筒数も減っているし、うんちくを傾ける余地も少なくなってはいるが、それでも、エンジン車にかける情熱はひろく共有されている部分はある。
そんな土壌もあって、運転の面白い車は、ガソリン車の比率がまだまだ高い。
だが、そもそも道を歩いている側の人間からすれば、歩道もないような道を、運転が面白い車を面白く運転されるのは迷惑だと思う。
〔楽な運転〕
例えば一定の速度で巡行する場合。ペダルの上に置いた右足先で、アクセルを一定に保つのは疲れませんか?
原理的に言えば、ガソリンエンジン車では、燃料のシリンダー内への噴射量で速度を調整すると思う。しかし、噴射から爆発、そしてピストンへの動力の伝達には必ずタイムラグがある。向かい風のあるなし、路面の形状の変化なども勘案して、スピードの上下ぶれをメーターで見ながら、アクセルを微妙に動かして、例えば100キロの速度を保つことになると思う。
もし自動で、巡行速度を保とうとするためには、いろいろなセンサーをつかって微調整しつつ走行することになると思う。
電気自動車のばあい、そのような装置がついていなければ、同じようにアクセルに右足先を乗せ続けることになるが、仮に、自動化するならば、ここではこれ以上書かないが、電気の方が、原理的にははるかに簡単なはずである。
私のノートの場合、一定の速度で巡行してくれる。さらに、レーダーで前方の車を感知するので、車間間隔を保ってくれる。前方車が速度を変えれば、設定速度の上限内で、こちらも速度が変わる。
もちろん、高額なガソリン車でもこうした機能はあると思うが、原理的にとても無理して作っているのではないかと、しろうとにも推測できる。
〔将来性のある電気自動車〕
将来性のあるのは、ガソリン車ではなくて電気自動車だと思う。
どのような意味で将来性かというと、加減速のスムースな調整や、路面の状況に応じた四輪の動かし方、そして自動運転への道筋が短距離だという点である。
人間の側で言えば、より楽で、より安全な車という点である。
ここでは、わざと、楽しい運転には触れない。電気でも楽しい運転はありうると思うが、私にはあまり想像出来ない。むしろ、逆に、扱いにくいガソリンエンジン車を制御する喜びから、たのしさを感じる人は減らないだろう。ただし、専用のサーキットで楽しんでほしいと思う。
単純に乗っててたのしい、のなら電気自動車も大いにありうるし、メーカーは頑張ってほしい。
移動の手段(スポーツではなくて)としての車であれば、楽しい移動、も当然課題であってよいと思う。
〔e-POWERの現在〕
ところで、ガソリンエンジンは、速度をいろいろ上げたり下げたりするのは、本当は得意ではないが、実は、一定の回転数で作動させる分には、高い効率性を実現できるらしい。
というわけで、e-POWERの登場である。
バッテリーに充電するためには、ノートでは一番燃費のよい回転数でエンジンを回して発電する。これで、外部からの充電をせずに、はじめに書いたように、900キロ以上の移動が可能である。
ところで、エンジンの搭載には、じつはもうひとつの意味がある。加速時の問題である。
電気自動車が急加速する際には、多量の電気をモーターに送り込む必要がある。そのためには、大容量のリチウム電池を積む必要がある。そうすると、加速度を上げることも可能になるだけではなく、さらに走行距離も伸ばすことが出来る。ただし、電池は重い。
それでも、高額な電気自動車はこれで、やや、(全個体電池が実用化されるまでは)ネガティブな要素をかかえつつ
車としての性能の高さを保とうとしている。
ところで、ガソリンエンジンが燃料の量によって回転数を変えられるという可能性は、実はノートでは、こんな風に活かされている。
これはしばらくドライブしていて気が付いたことだが、説明書でははやくから、記述してあって、ノートが急加速する時には、実はエンジンも同時に回る。いったい何のため?と十分に理解していなかった。それは、もともと少なめの電池からの電気では足りないので、不足分を新たに発電して、供給しているのである。
たいした加速では必要ないが、高速での合流やのぼり道ではエンジンが回転して必要な電力を供給することがある。このことで、(多分)通常のガソリン車では実現できないような加速を実現している。
〔オートクルーズ〕
オートクルーズ機能は、e-POWERに限らず、日産のガソリン車もオプションで搭載している。e-POWERの場合は、メダリストには標準搭載だが、他はオプションである。
今は、機能的に進化しているらしくて、オートパイロットと呼んでいるようだ。積極的に運転にかかわるというような意味だと思うが、車線の中央を走る機能などが含まれているようだ。
私のノートは、車線逸脱防止の機能はついているが、中央を走る機能はついていない。将来的には、前方の信号が赤か青かも察知する機能も搭載されるらしいが、よいことだと思う。
車線逸脱防止も面白い動作をするので、書いておくと、たとえば右の車線を越えたとすると、ビープ音とともに、クイっと左に戻る動作をする。体感では、左前輪に少しブレーキがかかるような感じで、そのことで、進路を左にもどしているような感じだ。とても不十分な機能だが、将来的にはいろいろな仕組みで自動車をコントロールすることが示唆されているようで興味がわく。
すでにながながと書いてしまって、まだまだ書き残したことはあるが、それは次回ということにする。
ただし、ノートe-POWERは機能的には、現時点で正解だとおもうが、楽しい移動手段となっているかというと、内部の装備やデザインなどで、劣っているのではないかと思う。

(まだまだつづくが、とりあえずここで中断)

(h.s)

©hiroshi sano

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© 2021.Hiroshi Sano

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